歴史、祈り、アート、文化 価値あるものを、後世に橋渡しする

最終更新: 2018年11月22日

今も昔も、人はときに神社やお寺を求めます。


例えば、私たち日本人が、年末年始に神社やお寺に詣でるのは、心を整えることで、明日からの日々を前に進んでいくためのエネルギーを得たいと願ったり、これから続く日々も安らかに暮らしていきたいと祈ったりするからではないでしょうか。


笛吹市には、ここにしかない魅力がある、唯一無二のお寺がありました。


大蔵経寺37世代目井上ご住職。


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井上 秀典(いのうえ しゅうてん)


中興の祖である足利三代将軍義満の庶子・観道上人(かんどうしょうにん)から37世代目の住職。勝沼の寺・大善寺の次男であるが、ご縁あって約20年前から大蔵経寺の“復興”に尽力している。「佛画寺(ぶつがでら)」と愛称をつけ、笛吹市出身の画家・西海照雄氏の仏画展示をはじめる。


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気の満ちる場所

お寺や神社がある場所には、気持ちを引き締め、心を鎮めるような、深い森や清らかな水、幾年もの歳月をそこで過ごしてきたかのような悠々とした自然があったり、心を揺さぶる神話や歴史の逸話がのこっていたりすることが少なくありません。


お寺へと続く道。

笛吹市石和町にある「大蔵経寺(だいぞうきょうじ)」もそのひとつ。一礼して山門をくぐれば、特別な空気に包まれます。


秋の訪れを感じる10月上旬。

「お寺や神社というのはね、今よりもっと信仰が厚かった時代の人たちが、場所を選んでつくっているんです。お寺や神社があるのは、“気が満ちている”場所や、“気が強い”場所。お寺や神社が『パワースポット』などと言われるのは、このあたりから来ているのでしょうね」


神様に守られ、人々に崇められる存在。それゆえ人を惹きつけ、畏れから争いごとのたびに焼き払われ、それでもカタチを無くさない。


それどころか、その足跡さえも魅力となり、現在も人々を呼び寄せ、祈りに包まれている…。それがお寺という存在。


「近頃は、お寺と人々が、だいぶ疎遠にはなってしまいました。例えば、初詣や法事のときにしか訪れないとう人も珍しくありません。


けれど、本来お寺というのは、俗世にいるとどうしても背負ってしまうあれこれの汚れや煩悩を落とす場所なんです。私たちがお風呂に入ってリフレッシュするように、お寺は身と心の汚れを落とし、きれいにする場所なんですよ」



修復の世代

龍神様と雷神様の居る立派な山門と、高い本堂の天井にむき出しになった梁は美しく、手入れの行き届いた庭に目をやれば「植木や石などは“寄与されたものばかり”」とご住職。


井上住職は、ぶどう寺として知られる、勝沼・大善寺の次男として生まれ、縁があって20年前に大蔵経寺を引き継ぐことになったご住職。引き継いだ当時は、今の状態とは別物だったと言います。


「20年前は、本当にボロボロでみすぼらしいところの多いお寺だったんです。汚いし、暗いし、見放されてしまうのも納得してしまうほどでした。


私はこのお寺に招いていただいたときに、自分の役割を考えたんです。


私自身、もともと何かを修復するという作業がとても好きでした。だからこのお寺とのご縁というのも、1300年の歴史を携えながら歴史の砂に埋もれかけている存在に対して、『あなたに修復を命じます』と呼ばれたような気がしたんです。住職という職は、本当に縁がないとできないものですから」


修復は、いばらの道だった、とご住職。

けれど、「総代さんに恵まれました」と笑顔で続けます。


初めてこのお寺を見たときは驚きましたと、ご住職。

“何か”があるから、武田信玄公の信仰を引きつけ、徳川家康公に庇護され、いく世代もの長い時を超え、今ここに在るのでしょう。ひとつひとつ修復をしていくうちに、その思いは強くなりました。

身と心を浄める場所である以上、やはり建物自体が綺麗であることはとても大事です。傷んだ部分を修復し、なるべく綺麗な形で後世にのこしてあげたいと思っています」



寺とアート

大蔵経寺を訪れた人の心に深く刻まれる、清々しい空気と静かな歴史、そして美しい日本庭園…。しかし、それだけではありません。


見とれてしまうほど色彩豊かな仏画が、建物内のあちこちにストーリー立てて展示されている様子はさながら美術館。本堂の天井には、見る角度によってガラリと印象を変える龍の絵が飾られています。


本堂の天井にある金の龍(パンフレットより)

「ほとんどは西海さんというこの地域出身の画家の方の作品です。彼と出会ったのは約11年前。知人の紹介で3枚の絵をいただいたことが始まりでした。


お寺にはたくさんの仏画が飾られています。

お寺に飾ったことをお伝えすると、感動してくださったのでしょうか。その頃余命宣告をされていた西海さんは、自分の作品があちこちに散らばってしまうのは嫌だから、絵を預かってくれないかとおっしゃられました。


私は、彼は後世に名を残す画家さんだと思っています。展示させていただいているのはまだ作品の一部です」



「お寺とアートが一体化している」と、アートに造詣の深い西欧の方が訪れた時も絶賛していたという絵画とお寺のマリアージュ。


良いものがあるから、それを人々に広め、後世につないでいきたいというご住職の思いは、お寺の随所に散りばめられています。


佛画寺(ぶつがでら)という名前はご住職自らつけたそう。

お寺の中央にある石庭。

「イヤイヤやっていることなんて、ひとつもありませんよ。自分の役割が、ここで果たせているのですから」


お寺はどんどん進化をしています。そして、お寺の方から人々に歩み寄り、私たちがお寺を理解するための手助けをしてくれることもたくさん。


慌ただしい日常の中で、少し消耗してしまったと感じたら、絵画を眺めたり、庭を眺めたり、自分の心と向き合って、ただ時間を過ごすのもいい…。


私たちには“お浄めどころ”があることを思い出したいものです。


近くまで出かけたから、ちょっと寄る。

お寺と私たちの距離感は、それくらい身近で良いのかもしれません。


取材中ずっとおだやかなご住職。




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